movie ghost in the shell




・ストーリー
近未来。少佐(スカーレット・ヨハンソン)は、かつて凄惨(せいさん)な事故に遭い、脳以外は全て義体となって、死のふちからよみがえった。その存在は際立っており、サイバーテロ阻止に欠かせない最強の戦士となる。少佐が指揮するエリート捜査組織公安9課は、サイバーテロ集団に果敢に立ち向かう。




・感想
映画の攻殻機動隊は、とてもチープな内容でした。

攻殻機動隊ってのは、簡単に言うと

脳は生身で体が機械という部分での

自分は人間なのか機械なのか?
果たしてこれは生きているといえるのか?
機械の体を手に入れてまで何のために生きるのか?

という哲学が人の心を惹きつける作品です。

今回の映画は、映像表現は攻殻機動隊スタンド・アローン・コンプレックスのドラマシリーズとイノセンスを取り入れて非常に上手く表現できていると思います。ストーリー設定は違えど、「あの場面だ!」と思うシーンがいくつもありました。バトーが飼っている犬がでてきたり町並みもイノセンスの感覚に近い表現でした。もちろんアメリカの感覚だとこんな感じだろうなというところは大目に見ても映像表現は素晴らしいです。

しかしながら、上記にも書いたような最も肝と呼べる主人公の葛藤を哲学するという部分を

「過去の記憶を取り戻して自分を探す」

という方向にシフトしてしまったので非常にチープな話になってしまいました。制作陣もそれは気づいていたかもしれません。おそらく2時間でこの世界観を表現するのは難しいと。

攻殻機動隊は映画でやるには難しい作品です。私自身も攻殻機動隊に一番惹き込まれたのはスタンド・アローン・コンプレックスのドラマ版です。ドラマシリーズならキャラクター個人個人の生き様、時代背景、公安九課にスポットをあてられるので世界観を把握しやすい。つまり実写化するならドラマシリーズでやって欲しい。あの映像表現ができるののであれば第二のスタートレックシリーズになりえる。いや、なる。

次に重要となるのは主人公の少佐ですが、この映画は少佐の存在感が弱すぎます。

映画版の少佐は「過去の記憶を取り戻して自分を探す」という命題のもと、迷いながら生きている感じが伝わってきてしまい弱々しく見えます。アニメ版の少佐も自分探しをしていた節はあるものの、生き方に「迷い」は感じられなかった。映画版の主人公は「迷い」ながら生きているので、それが凛とした少佐の強さを失い、少佐の輝きを消してしまいました。

その弱さの印象を決定づけてしまうのが、スカーレット・ヨハンソンの猫背です。

猫背が与える印象は、不気味さと弱さ。背筋がピンとしていればこそ、少佐の凛とした印象を再現できる。迷いながら生きている主人公の猫背。これは強さを微塵も感じない。草薙素子の意志の強さが全く反映されていない。ここも見直すポイントです!

アニメ版ではカリスマ的存在であったクゼ・ヒデオが映画版では残念な使い方をされています。

クゼ・ヒデオとは、彼の意志に多くの民衆が感化されるほどのカリスマである。にも関わらず、映画では駄作のアンドロイドという位置づけ。これは設定を見直してドラマシリーズに活かして欲しい。

クゼ・ヒデオは、新日本プロレス的に言えば内藤哲也である。正義でも悪でもなく、自分の信念を通すために生きている。その生き様に憧れと尊敬を持って皆が感化されるのでる。それ故にカリスマなのである。

こんな魅力的な人物を、駄作のアンドロイドに位置づけ、小さい復習心のために存在させるなど、クゼ・ヒデオを見誤っている。

北野たけしさん演ずる荒牧課長。日本語吹替版でも 本人の声 なので、その声質が言い方は悪く失礼なのは承知のうえですが 間抜け に見えてしまいます。荒牧課長とは公安九課を率いる知的戦略を駆使するボスのイメージですが、この映画では荒牧課長ではなくて北野たけしそのものです。最後のシーンは荒牧課長ではなくアウトレイジです。この荒牧課長の設定も見直して欲しい。

草薙素子、クゼ・ヒデオ、荒牧課長にも引けを取らないキャラクターと言えば、トグサとバトーなんですがトグサはもうちょっとカッコいい役者さんを使ってほしかった…。しかし、バトーはバトーらしさが表現されていて、この映画の中ではベストマッチでした。スカーレット・ヨハンソンの配役についてもいろいろといわれている映画ですが、個人的には猫背と髪型をちょっと改善していただければスカーレット・ヨハンソンでいいと思います。

ストーリー展開を抜きにすれば攻殻ファンは非常に楽しめる作品になっていると思います。これは是非、ドラマシリーズやってほしい!でもアメリカでどれだけ人気でるかが問題なんでしょうけど…。実写ドラマ化は本当に期待しています!



公式サイト: http://ghostshell.jp